桜田淳子についてはいずれ、ブログに書こうとは思っていたのである。
昨日、たまたまNHKの蔵出しという番組の中で桜田淳子のビッグショーが放映された。
ビッグショーは比較的ご年配の方々は御存じだと思うが一言で言えば一人の歌手の独演ショーである。一人で歌いひとりで司会をし、時折ゲストを招いてトークを交えるというNHKならではの番組であった。
過去のビッグショーを見た中で大変印象に残ったのは森繁久彌、鶴田浩二であった。歌もさることながら独特の話術に長けたユーモラスな森繁節、鶴田浩二の語りかけ、人生訓とも言うべき語り口にはただただうなずくばかりであった。
今回の桜田淳子放映でまたしもビッグショーを印象深く見せてもらった。
1979年2月13日の放映でこのとき、桜田淳子二十歳。デビューして6年だという。
ほぼ30年前のことである。二十歳でビッグショーに出演したのはそれほど例がないのではないか。ほかに二十歳でビッグショーに出演したといえば山口百恵がいる。
そしてビッグショーは1979年3月20日 山口百恵の出演を最後に番組は終了した。
今回の桜田淳子。ビッグショーに出ただけにやはり堂々としたもので当時二十歳とは思えないショーの進行振りであった。なにせ進行役は桜田淳子本人なのである。
昨今、今の若い人の日本語が乱れているといわれているが、当時の桜田淳子の司会ぶりは見事なものであった。二十歳とはいえ十分に大人の風格が備わっていた。
ゲストに作曲家、神津善行を迎えたときの応対振りは今の日本語らしからぬ日本語を話す若い方にぜひ見て欲しかったほどである。神津善行とのスキャットのデュエットは息が合っていてなかなかのものであった。あとで中村メイコも加わった。あのしゃべり口調、あの歯切れのいい早口は今も健在であるようだ。
桜田淳子の歌を聴いて今更ながら思うのは歌詞とメロディーの素晴らしさである。どの歌を聴いても曲がきれいである。歌詞もいい。天下のあの阿久悠が少女の心を歌った独特な歌詞である。これだけでも驚嘆に値する。
あれから30年近くもたった今、桜田淳子はこれほどまでにレコーディングした歌があったのかと意外に思うほどに数多くの歌を歌っている。
参考までに彼女がレコーディングした歌を並べてみた。
天使の初恋、わたしの青い鳥、、花物語、三色すみれ、黄色いリボン、花占い、はじめての出来事、ひとり歩き、白い風よ、十七の夏、天使のくちびる、ゆれてる私、泣かないわ、夏にご用心、ねえ気がついてよ、もう一度だけふり向いて、あなたのすべて、気まぐれヴィーナス、もう戻れない、しあわせ芝居、
追いかけてヨコハマ、リップスティック、二十歳になれば、冬色の街、MISS KISS, パーティーイズオーバー美しい夏、夕暮れはラブソン、神戸で逢えたら、化粧、玉ねぎむいたら、ミスティー、This is a “Boogie”, 窓、眉月夜、以上。
ファンにとってはどれもこれも名曲に違いない。
わたしにとってもなんという名曲ぞろいであろうかと思う。
作詞者作曲者の顔ぶれが素晴らしい。
作詞者は何と言っても阿久悠である。あの舟唄を作詞した、こわもての男が乙女心を描いた可憐な詞を書くなんて不思議でしょうがない。「私の青い鳥」がそうだし、とりわけ「気まぐれヴィーナス」のプピルピププピルアには驚かされる。
気まぐれヴィーナスは当時としては斬新で異色の歌ではなかったろうか。作曲者の森田公一は筒美京平同様、ジャズ、ポップス、クラシック、演歌、いろんな手法で作曲のできる男である。
私の好きな「しあわせ芝居」は中島みゆきの作品である。曲も詞も。詞は詩であり心打つものである。切ない乙女心、女心が感じられて男心にも響く。
桜田淳子は歌手であるほかに女優でもあった。演技力も一級ものではなかったろうか。映画では寅さんシリーズにも出たし、横溝正史の金田一耕助シリーズにも出演。
テレビドラマでは「澪つくし」がなつかしい。
1993年3月に公開された映画『お引越し』への出演が現時点で最後の芸能活動となっている。
2006年11月に自作エッセイ「アイスルジュンバン」を出している。
2007年に婦人公論のインタビューでは仕事復帰についてもほのめかす発言をしているようだ。
桜田淳子を久しぶりに見てみたいものである。
当時からファンだったのですが、改めて
トークも踊りも表情も素晴らしいなあと感じました。
彼女のような秀でたスターは今は見当たらないと思います。